Truth

 

 


 東京23区のはずれにある小高い丘。そこの上に建つ病院。その屋上から眺める東京の夜景は綺麗だった。

 患者の心を癒すために光っているわけではない。だがその夜景を見るためだけに屋上に上がってきた患者は果たして何人いることだろう。

 今日も昨日とは99パーセント同じ、だが確実に昨日とは別の表情を夜景は見せている。

 今日屋上から夜景を見ていたのは二人ともフェンスに両腕をついた白衣を着た男性と入院患者用のパジャマを着た女性だった。

「・・・はじめて一緒に夜景を見たの、覚えてるか?」

 白衣の男性が呟く。目線は夜景を捕らえて動かない。

「団地でしょ?二人が住んでた。」

 女性は隣の男を振り向いて言った。

「ああ、あの時も夜景は綺麗だったな。更に屋上の貯水タンクに登って何度も怒られて。」

「でも、何度も登ったわよね。」

「特等席だもんな。」

「そうね。」

 風は秋の始まりを教えていた。その風が白衣のすそを揺らして逃げていく。別の風は女性の長い髪を揺らして行った。

 女性はその髪をかきあげながら呟いた。

「・・・また見られるかな。夜景・・・。」

「・・・・・・。」

 男性はいくつか言葉を思いついたがどれも口からは出てこなかった。

 

 

 二人は幼馴染だった。だが小学校の3年で女性が転校。しかし、それから15年も経とうかという日。二人は偶然再会する。

医者とOLの合コンで、4人対4人の席の対角線上に座った二人は一目合うと、お互いに記憶の扉をノックされる。会の途中で

どちらが合図をするでもなく席を抜け出して話をすると、やはりあの日の思い出を共有していた。

 幼馴染は綺麗になっていた。

 幼馴染は逞しくなっていた。

 それは既に幼馴染である男と女になっていた。

 だが女性が男性のマンションの部屋の合鍵を作ってから三ヵ月後、突然急激なめまいを感じることになる。その後めまいは

続き、更には体調まですぐれない日が増えていった。

 流石に男に相談してから病院で検査をすると、手術以外では直る見込みは無い。しかもその手術の成功の確率は30パーセント

であることをいきなり告げられる。

 手術をしなければあと半年とか一年とかの命、というものではないらしい。だが確実に直る方法は今のところ30パーセントの

手術しかない。将来もっと確実な治療方法が開発されるのを待つか、30パーセントにかけるかだった。だがその30パーセントに

失敗するとこれは著しく生命を危うくする。

 だが今のまま薬による対処療法を続けると、まず、視力が失われる。そして子供が出来なくなってしまうと言われた。

 その手術はやるとすれば男が担当できるという。

 いきなり人生で最大の選択を迫られることになった女性は男性をある場所へと誘った。昔と変わらない、いや少し外壁が

長い年月の風雨にさらされて人間には作れない『味』を出していた、二人が幼少を過ごした団地の屋上。そこの貯水タンクの

はしごは錆びてはいたがそれでもしっかりと二人をタンクの上へと導いてくれた。

「またここで夜景を見たいんだ。次は嬉しいことの報告に来た時に。」

 女性は手術を受ける決心をしていた。

「・・・怖くないのか?」

 男性のその言葉に女性が答えた。

「・・・怖いよ。でもね、きっとあたしより怖いのはキミなんだって思うの。30パーセントなんて分の悪い確率に賭けなきゃ

いけないなんてさ。キミのことだから仮に失敗したら自分を思いっきり責めると思うの。あたしは・・・そりゃ失敗は怖いけど、

でもある程度決心はつけたから。あとはキミに任せるだけ。だから自分が傷つくことより他人を傷つけることの方が嫌な

キミはきっと大変だろうなって、思うの。・・・それにキミのことが見られなくなるのも、何よりキミの子供が作れないのも、

あたしにとっては辛いことだよ。勿論それでも幸せにはなれるかもしれないけど、でもそれも怖いことなんだよ。」

「・・・・・・。」

「大丈夫だって。あたしは運がいいんだから。なんたってキミと付き合える女なんだぞ。」

「・・・患者が医者を励ますなよ。」

 男の顔に久しぶりに笑みが戻ってきた。

「もう何も言わなくていいよ。俺が直してみせる。そしたらまずここは無理としてもうちの病院の屋上に連れてってやる。

ここに負けず劣らずいい景色なんだぜ。貯水タンクには登れないけどな。」

「へー、そうなんだ。入院の楽しみが出来たな。」

「そっか、別に術後じゃなくてもいいんだもんな。じゃまず入院したら連れてってやるよ。そして退院前にまた夜景見て、

そして最後にここに手術の成功のお礼を言いに来よう。」

「そうだね。」

 タンクの上から屋上に伸びる二人の影が重なった。

 

 

「・・・また見られるかな。夜景。」

「・・・・・・。」

 今日は月が二人を照らしていた。二人の影は暫く動かなかった。まるで動き方を忘れたかのように、風に揺られる

髪以外は微動だにしなかった。

「・・・俺の夢ってさ。」

 男性がその沈黙の魔法を打ち破った。

「ありがちだけど子供と野球チーム作りたいんだ。俺は監督兼サードで五番。・・・本当は四番を打ちたいんだけど、でも

子供がそれだけ大きくなってる時に俺の体力考えたらクリーンナップを打てるかどうかもあやしいからさ。でも守備は

うまいんだぜ。ショートの打球も俺が横取りしてさ、子供とけんかになるんだ。そして今度はショートがお返しに俺の前の

打球まで取りに来るんだけど、ポジション的に無理があるからさ、エラーになって、それを俺は隣で笑ってるんだ。」

「なんか性格悪くない?」

「ほっとけよ。」

 女性の笑いながらの横槍に男は言葉を返す。

「ベンチには全員の弁当を持ったお前がいてさ、笑いながら応援してるんだ。試合後はその弁当を地面に敷いたシートに

座ってみんなで食べる。・・・つまらない夢かな?」

 女性は笑いながら首を振った。

「ううん、あたしも今から楽しみになってきた。お弁当はやっぱりサンドイッチがいいかな?」

「うーん、俺としてはおにぎりも捨てがたいんだけどな。」

「そっか、じゃあ両方作ろう。おかずはやっぱり卵焼きははずせないよね。タコさんウインナーも基本ね。お弁当だから

ちょっとの時間もつものじゃないとだめよね。そうなると何がいいかな・・・。」

「勝つということでトンカツとかは?」

「それは試合前に食べなきゃ。」

「そっか・・・。じゃお前の好きなものでいいよ。あとは子供の好みだからな。今は料理の腕を磨いて子供のリクエストに

答えられるようにしておかないとな。」

「そうだね。・・・でも何がいいのかなぁ・・・。野菜も入れないとね。疲れているから栄養補給になるようなもの・・・。あ、試合前に

食べるためのバナナは必需品よね。やっぱりハンバーグとかスパゲッティとか好きそうよねえ。あとは飲み物が・・・。」

 その時。月の光があたっている顔とは反対側だったためよく分からなかったが、女性の顔がかすかな光を放った。

それは流れ落ちる彗星のようでもあったし、氷の上をすべる水のようでもあった。

「あれ・・・。」

 女性は流れ落ちる涙はそのままに男の方を向いた。

「なんで、あたし・・・。」

 男は何も言わず女性に近づく。そして二つの影が一つになった。

「いいんだよ・・・。」

「あたし・・・あたし怖いよ・・・。」

「俺がついてる。ずっと、いつまでも。そして今でも。」

「あたし、また夜景見られるかな?また二人で未来を話せるかな?」

「今度はタンクの上で俺に夢を聞かせてくれよな。」

「うん・・・。」

 女性は男を強く抱きしめた。それは今顔を流れているものが乾くまでずっとだった。

 

 

「はい、パス!!」

「うん。・・・あれ?」

「まだまだ足首が硬いな。もっとトラップするときはやわらかくトラップしないと。」

「うん。」

「はい、キーパー。シュートいくぞ。」

「う、うん。」

「よっしゃあ、ナイスキーパー!!」

 今日の対戦相手は医者で構成されている『ザ・ドクターズ』だった。

「せんぱーい、遅くなりましたー。」

 ようやく相手メンバーが入ってきた。

「遅いっての。俺たちもうアップ終っちゃったよ。早く準備しろな。」

「はいはい、了解しました。」

 相手チームはその場でユニフォームに着替えだした。

 フットサルは一チーム出場選手は四名。選手交代は何回でもOK。だがこちらの控えメンバーは心もとない。なんと言っても

4歳と3歳の子供にユニフォームを着せているだけなのだ。おそらくはレギュラーだけで殆どを戦うことになるだろう。

「あっ、ごめーん、お母さん、ボール取ってー。」

「こらこら、お母さんのお腹の中にはお前たちの弟と妹がいるんだから。そんなに動かせちゃだめだろ。」

「はいはい、いいのよ。少しぐらいは運動しないとね。」

 フットサルチームは父親と子供三人がレギュラーでサブに二人控えている。ベンチにはお腹の中の男の子と女の子の

双子と一緒に母親が座っていた。勿論家族全員の好物が入ったお弁当と一緒に、である。

 

 

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