鋼は安らぎももたらして
夜の女王の勢力が完全に世界を支配している。
メルヴィルとフローラは焚き火を焚いて暖を取っていた。大陸を冒険していたころは場合によっては火が非友好的な相手に
自分たちの位置を知らせることになるため焚き火をしないで夜の女王の好きにさせることも多かったが、今の状況では少なくとも
その心配は無いため、焚き火を焚いていた。
二人の身なりはどちらとも汚れていた。それは明らかに激しい戦いを繰り広げたあとであることを如実に物語っている。
メルヴィルは立てれば自分の体がすっぽり隠れてしまいそうな大剣を地面に突き刺し、それに背もたれかかっていた。
「なあ、こういう時ってどういう話をすればいいものなのかな。」
メルヴィルは木を折って火の中に投げ入れながらフローラに聞いた。
「やっぱり初めて出会った時から順に追って話していくものなんじゃないかしら。」
「そうか・・・。あの時はお前の方が位は高かったよな。」
二人はとある国の傭兵部隊の隊長と副隊長を任されていた。メルヴィルが隊長でフローラが副隊長である。
二人が初めて出会った時はフローラが小隊長でメルヴィルは傭兵部隊の一兵卒でしかなかった。それが今では金で雇われた
傭兵の部隊ではあるが、その全体を預かる身分になっていた。
二人に率いられた部隊は目覚しい活躍を見せ、それは国軍の部隊よりも戦果を上げることもしばしばであった。
だが今回、傭兵の内部から裏切りが出てしまい、今やこの山に傭兵部隊で残されたのはメルヴィルとフローラだけになって
しまっていた。
傭兵は少なくとも金で雇われている以上、契約の力は絶対である。この契約を果たすことがその傭兵の信用と信頼になる
のである。目先の欲に負けて契約を裏切った場合、それはその傭兵の信用を著しく失う。いや、殆ど死活問題といってよい。この
メルヴィルたちを裏切った傭兵はこの先はどこからも誰からも信用を受けなくなるだろう。少なくとも傭兵としての道は絶たれたと
いってもよい。或いは傭兵以上の条件を用意されていたかである。
敵国の兵士はこの山を取り囲んでいる。もともと大して大きくないこの山をびっしりと兵士で埋め尽くせばこれは脱出はほぼ
不可能と思えた。
「いまさら投降を許してくれるとも思えないしな。」
「二人とも戦果を立てすぎたわね。・・・私の方が戦果は立てたわよね。」
「おいおい、俺の方が上だろ。少なくとも50人までは数えてたぜ。」
「それは残念。あたしは70人目までは数えていたわ。」
「だがそれ以降も数えていたわけじゃないだろう。」
「それはお互い様ね。」
「まあ、な。」
二人は離れていた場所で戦っていたため戦いの途中のことはお互い分からない。分かっているのはお互いの部隊(と呼べるもの
であればだが)が出会ってからメルヴィルが10人、フローラが8人の敵を倒したことと、味方の3人が倒されたことである。
「・・・これからどうする?」
明日になれば敵がいっせいに二人の捜索を開始するだろう。そうなっては二人はもうどうしようもない。だがそれ以外の事を
しようにもこの状況から抜け出せる方法は見当たらない。
「・・・何もしないよりは少しでも旅路を賑やかにしておきたいわね。」
「そうだな。悪いが出来るだけ相手には同行してもらいたいな。」
「じゃあ、やっぱり川沿いに下りていく?そうすれば数は少ないでしょうけども。」
「そうだな。俺が先に立って道を切り開く。万が一にってことがあるかもしれない。その時は俺が先にいって待ってるさ。ゆっくり
来いよ。お前がいなくても寂しくは無いくらいの相手には同行してもらうから、その時は好きなだけゆっくり来い。その方が俺として
は嬉しい。」
「メルヴィル・・・。」
「・・・残念ながら俺は吟遊詩人のように今を歌で残したりすることは出来ないがな。・・・それに俺にはあんな歯の浮くようなことは
言えん。」
「そんなの・・・卑怯だよ・・・。」
「何とでもいえ。明日のためにもう今日は寝るんだな。俺はこれから少しでも吟遊詩人に近づくように勉強しておく。だからあっち
にはゆっくり来るんだ。いいな。」
そう言うとメルヴィルは自分の腰に指してある短剣を抜き、磨き始める。
「メルヴィル、あたし今からあなたに女の部分を見せる。・・・それは今だけだってのは分かってる。」
フローラの目には雫が溜まっていた。
「明日になればいつものあたしに戻っているのは分かってる。だから、だから今だけだから・・・。」
フローラは結んでいた赤い長い髪をほどいた。
「・・・俺にはいつものお前にしか見えん。戦っている時のお前も、仲間といる時のお前も、剣技を磨いている時のお前も、全て
俺にとっては同じだ。・・・いつもお前はお前だったよ。勿論今のお前もだ。」
そしてしばらく置いてから。
「・・・・・・いつも綺麗だったよ。」
「メルヴィルッ!!」
フローラはメルヴィルの胸に飛び込んでいた。メルヴィルには、いや、少なくとも傭兵になってから一度も見せたことのない姿を
すべてメルヴィルに見せていた。
「あたし、あたしあなたと一緒でなきゃ嫌だ・・・。先に死ぬなんていわないで・・・。あたしと一緒にいてよ・・・。あたしはメルヴィルと
だったら怖くないから・・・。ね、お願い・・・・・・。」
「・・・おれはお前が後から来てくれた方が嬉しい。」
「だめ・・・。これだけはわがまま言わせて貰う・・・。・・・あたしもついていく・・・。」
「フローラ・・・。」
メルヴィルはフローラを強く抱いたまま地面に二人の体を横たえた。
「メルヴィル・・・ああ・・・。」
男と女は全てが一つになった。
「さて、奴さんたち俺たちを捜してるな。」
山の下に見える敵兵が二人を捜して捜索を始める。
「あたしたちには用は無いんだけどね。」
「あちらさんにしてみれば用はありすぎなんだろうな。」
「そうね。」
「・・・それにしても実戦でレイピアっていうのは辛くないか?」
レイピアというのは細剣のことである。どちらかというと実戦向けというよりは装飾を施したりして腰を飾るために使われたり
することの方が多い。
「いいの。あたしの美学なんだから。それに予備のためにバスタードソードを腰にさしているでしょ。」
「それは普通逆だろ。」
メルヴィルが笑う。
「いいのよ。」
フローラがメルヴィルを向いて言う。
「・・・それに貴方があたしと出会った時に貴方の腰にさしていたでしょ。」
「よく覚えていたな。」
「・・・いいじゃない。人生で最後に好きになった人のことなんだから。」
「おい、それって・・・。」
「さて、いきましょうか。・・・若しかしたら万が一っていうことがあるかもしれない。それに今はお腹の赤ちゃんのためにもがんばって
生き延びないとね。」
「おいおい、勝手な事を言うな。たった一晩でそんなことが・・・。」
「うう、ひどいわ。最初で最後の人にそんなに冷たくされるなんて・・・。」
フローラはわざとらしく目をぬぐう。
「・・・ところでフローラっていうのは花の女神の名前らしいな。」
「あら、よく知っているわね。」
「・・・人生で最後に好きになった人のことだ。当然だろ。」
「メルヴィル・・・。」
「・・・さて、そろそろいくか。」
「・・・そうね。」
二人は長年一緒に戦ってきた戦友を鞘から引き抜いた。
「・・・ゆっくり来い。」
「・・・ずっと一緒だからね。」
二人の思いは神に届いた。花の女神に。
次の年、その山には二輪の花が咲いた。それはお互いに寄り添っているように見えた。