忍ばざれども4

 

 


 

 「兄上、また手合わせ…」

 幸村は部屋の中の騒動には気付かずいつも通りふすまを開けた。

「な…!!」

 幸村が想像していた部屋の中の光景というのは真之が書を読んでいるような姿であった。だが目の前の光景は幸村が

人生の中で一度も見た事が無いような光景であった。それ故適切な声を出す事も行動を取ることも出来なかったのである。

「あ、兄上!!」

 とりあえず真之が誰か小柄なおそらく女性の喉下に刀を突きつけている。少なくともどう考えても真之の目の前にいる女性が

真之に対して友好的な人物であるはずが無い。つまり幸村にとっても友好的な人物でも無いということである。幸村は咄嗟に

自分の刀を抜いた。

「何者!?」

 だがその声に真之の刀に気をつけながら振り向いた顔には見覚えがあった。それは…。

「たはは、もう最悪ー…」

「お、お主は!?」

 それはさっき川原で会ったあの少女であった。だが、服装がさっきの服とは違って幸村が見たことも無いような変わった、そして

あでやかな服装であった。

「幸村、知ったる顔ですか?」

 少女は全てを諦めた。

(たははー、あたしこれでおーわり…っと。…もういっぺんあの川の鮎の焼き魚を食べたかったな…)

 少女は自分の生まれ故郷の毎日のように遊んだ川を思い出していた。

「あ、あの、兄上」

「なんです?」

 幸村は刀をいったん下に向けて兄に話し始めた。

「こ、このおなごは自分の短刀を城の者に買って貰いたいとのことでこちらに来たはずです。さっき川原で出会ってそう言っていました。

もしかして兄上の部屋に迷い込んでしまったのでは?」

「もしそうであれば誰か城中の者が見て買えばいいでしょう。何もわざわざこんなところへ来る必要はありませんね。それも

誰にも見つからないように一人で」

「そ、それは慣れない城でどこへ行けばいいのか分からなくなってしまったのでしょう」

 その二人の兄弟の会話に少女は訳が分からなくなってしまった。

(はにゃ?なんでこの人はあたしのことかばうんだろ?それともまだ本気であたしがこの城へ短刀を売りに来た女の子だと思ってる

単なるバカ?)

「では懐で握っている物はなんですか?」

 真之は少女がくないを握っている事まで見通していた。

「お、おそらく短刀を出そうとしたのでしょう」

「幸村」

「な、なんでございましょう、兄上?」

「お主、真の幸村ですか?」

「は?」

「本物の幸村かどうか聞いているんです。敵方の忍びの変装ではないかと疑っているんです。どうも今の言動はこの城に

害をなしそうです」

「あ、兄上、私は真の幸村です!!さっき手合わせをしたでしょう。兄上ほどの人物であれば私の腕前で分かるはずです!!」

 二人の会話が熱中してきた。その光景に少女は、

(なんか少しばかり運が向いてきたかも。この隙に…)

と言葉通りの忍び足で一歩どころではなく、半歩、いや、四分の一歩ですらなかったが僅かに後ろに下がろうとした。だが

「きゃんっ!!」

 またもや少女の喉下に真之の刀が突きつけられた。今度は剣先を突きつけられているのではなく首の脇に刀の胴が当てられて

いた。

「たはは、駄目ですね、すいません…」

 少女はまた動けなくなった。

「幸村、あなたはこの状況をおかしいとは思わないのですか?」

 その質問は確かに幸村にとって答えがたいものであった。

「そ、それは…」

「この少女は私の部屋の隣まで気配を消して来ました。またそれまで城内の誰にも見つかっていないほどの腕を持った者です。

私か父上やあなたが命を落としてからでは遅いのですよ?」

「それはそうですが…」

 幸村は兄の言葉に何も言い返せなかった。兄の言う事は正しい。幸村自身も今現在目の前の少女がただの少女であるとは

思っていない。だがだからと言って一人の敵方の者を討つような事はできなかった。それは幸村自身が何故か分かっていなかった

のである。

「…もういいでしょう、いい加減このままですと間者に逃げられてしまいます」

(逃げさせてくれないくせにー!!)

 少女は心の中で反論した。

 そして。

 真之の行動は素早かった。

 一歩踏み出すとその刀を斜めに構えその剣先で少女の喉元を襲った。だが少女も真之が動くと同時に後ろに飛び跳ねようと

したのは少女の並ならざる運動神経の賜物であった。だがそれでも真之の腕前の方が一歩も二歩も少女を上回り、その刀は

少女を捕らえるものと思えた。

「くっ!!」

 だがそして。

 その真之の剣戟以上に鋭かったのは幸村の剣戟であった。一歩踏み出すと真之の刀の腹を幸村の刀が鋭く突く。その動きは

真之ですらかわす事が出来なかった。

 火花が散るのではないかと思えるくらい鋭い金属音を部屋に響かせると真之の刀はあまりの衝撃に手で持っていることが出来ず

その場にぼとっと落としてしまった。刀を弾き飛ばされなかったのは真之の腕が優れた証ではあったが、その真之ですら

幸村の一撃をかわせなかったのである。

 この場でその剣戟に一番驚いたのは幸村であったろう。剣戟の鋭さ云々よりも勿論体は狙っていないが、真之に対して

自分が一撃を浴びせ、真之の剣戟を阻止してしまった事自体に対してであった。

「あ、兄上、大丈夫ですか!?」

 自分がそうさせてしまったのだが幸村はまず真之に声をかけた。真之が刀を取り落とすなど考えられなかったからだ。思わず

その身を案じてしまう。

 だが当の真之はいきなり幸村に一撃を喰らったにもかかわらず案外あっさりとしていた。自分の右手を握ったり開いたりして

握力を回復させようとする。そしてなんとか刀を握れるくらいになると自分の刀を拾って幸村にこう言った。

「今の一撃ですよ。今のを忘れないようにしなさい。私は本気でした。ですがやはりあなたの本当の実力には叶いそうにありませんね」

 そう言って真之は今度は少女に言った。

「さて、ではその短刀と言うのを見せてもらえますか?」

 真之はさっきまでとは違って体から殺気というものを一切感じさせなかった。無造作に少女に近づいてしゃがむ。少女はと言えば

その場に尻をついてそのまま動けないでいた。そしてあまりの真之の変貌振りに少女は少しずつ真之のいとを理解し始めた。

(うにゃにゃ、もしかしてあたし幸村の本気を出させるためにこのお兄さんに利用されたー!?)

 少女の推理は全て当たっていた。真之はわざと少女に斬りつけて幸村の眠っている力を引き出そうとしていたのだ。

(うー、なんかいいように利用されて悔しいー!!……こうなったら兄の方は手ごわそうだから弟の方をからかって楽しんでやるか)

 少女はそう思って自分の短刀を真之に見せた。

「…ほう、これは確かになかなかの逸品ですね」

「??」

 だが幸村は今の状況を全く分かっていない。二人の行動が理解できていないようだ。そして少女はその様子を見て思った。

(…このぶんだとあたしが守ってあげないと駄目ね。、ま、からかいながら守ってあげるとするか)

 武田家に一人の忍びが増えた。

 

 

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