忍ばざれども3

 

 


 

 幸村は動かずにいた。真之に言われた、『必殺の一撃』。その姿を頭の中に思い浮かべていた。いや思い浮かべ

ようとしていた。だが様々な形を思い浮かべるがそのどれもが真之の言う必殺の一撃とも自分が思い描いている

必殺の一撃とも違う。何かが違うのだ。

 さっきまでは体を動かす事でその形を掴もうとしていた。だが結局壁に突き当たり、それで今度は心を落ち着かせて

瞼を閉じ、静かに形を追い求める。

「……、……、……違う…」

 幸村は落胆の色を込めつつ瞼を開け、呟いた。

 やはりそう簡単には必殺の一撃などつかめるものでは無いのだろうか。

(もう一度兄上に手合わせ願おう)

 幸村はそう思い自分の愛馬まで歩き、木に繋いであった縄を解いて愛馬に跨る。

 歩き出した愛馬はまるで今の幸村の気持ちを察したかのようにゆっくりと歩む。まるで幸村に今は全てを忘れろと

言わんばかりにゆっくり歩いた。当然周りの景色もいつもよりよく見える。いつもなら馬を駆けさせ城とこの川原とを

あっという間に移動するのだが今日はなぜだか周りの景色が美しかった。

(……見慣れていたと思っていたがな…)

 今は木々が夏の深い緑から暖色系の色を纏い始める時期である。まるで少女がほんのり頬を染めるかのように

山々が僅かに紅をつけている。すると幸村の頭の中にさっきの少女の顔が浮かんだ。

(はは、まるで秋の紅葉のように鮮やかな少女であったな)

 幸村は愛馬の頭を撫でた。

「おまえもしかしたらあの少女を好いたのか。だからその思いが私に伝わってきたのだな」

 愛馬はぶるる…と軽くいなないた。それは肯定とも否定とも分からなかったが、もし幸村が馬の言葉が分かれば

逆に幸村が赤面していたであろう。「それはお前の方だろ」と。

 

 

 (ふにゃーん、この城めんどくさーい)

 少女は城の周りを歩いていた。城壁は高く、上る事は出来そうだがまだ明るい今は出来ないであろう。上るとしても暗く

なってからだ。だができるだけ早く忍び込んでおきたい。となれば他の場所を探すしかないのだが入り口は当然警備の

兵がいるし、城壁の脇に高い木も無い。高い木があればそれを上ってそこから城壁の上に飛び移る事も出来るのだが、

城の守りに詳しい者であればそんな事は当然しない。実際この城は山に囲まれているのにそのような高い木は無い。

 少女は仕方なく入り組んだ城の脇の山を登り始める。

(もー、『お仕事』をやるよりもこっちの方がたいへーん)

 心の中でうんせうんせと言いながら少女は山を登った。そしてやっとの事で山の中腹まで来ると城の中がよく見えた。

(ま、確かにここなら多くの兵には攻め込まれることは無いからいいんだろーけどね)

 少女が思ったとおり山の上から兵が攻め込むことは出来ない。だからこそ城の背後を山に構えたのだ。あとは残る

3方から攻め寄せる兵に気を配ればよい。

(でもたった一人を見つけるのは大変よーん)

 少女は静かに山を下り始めた。

 

 

 「ではまた明日だ」

 幸村は愛馬を馬小屋に繋ぐと兄の部屋へ向かった。

 一方真之はまた自分の部屋で書を読んでいた。

 そしてその部屋に近づく鮮やかな影。幾つかの部屋が並んでいるまさに真之の隣の部屋にその少女はいた。

(さて、この隣の部屋には誰かいるかな…)

 隣の部屋から音はしないが少女は壁に近づい壁に耳を当てて聞き耳を立てる。すると思いもかけない声が聞こえてきた。

「お客様ですか。わたくしに何の用ですか?」

(うにょ!!)

 少女は驚いた。自分が相手の気配を察知する前に自分が先に気配を気取られるとは。ここはすぐに逃げるべきなのだろうか。

だが自分より先に気配を察知できるほどの人物から果たしてまともに逃げ切れるものか。

 少女は覚悟を決めた。隣の部屋にいる人物は一人だけである。部屋に飛び込んだらすぐさまくないを投げつけて終わらせよう。

幸い相手は騒ぐ様子は無いし先に倒してしまえば他の者に知られる事も無い。少女は懐からくないを取り出して両手に握った。

そして勢いよく戸を開け、中に勢いよく前転で飛び込み、体をひねってくないを投げつけようとした。だが。中にいた男は

少女には信じられない速さで床に置いていた刀を取り上げ鞘から抜き、一呼吸で間合いを詰めると起き上がった少女の喉下に

剣先を突きつけた。

「忍びですか…」

「ど、ども…」

「おとなしく全てを話して頂ければ何もせずに帰して差し上げましょう。どちらから参られた?」

「そ、そりはその…」

 忍びにとって自分の主人を教える事は死を意味する。忍びは仮に敵に捕まった場合も如何なる情報も相手に与えては

ならない。

「思ったより警備が厳重で忍び入る事すら儘ならなかった。そう仰ればあなたの主君とてあなたを殺したりしないでしょう。

ここは素直に答えて頂くのが上策と思いますが」

「うみー、それはでも…」

 だが少女は今の状況を好転させるよい方法は思い浮かばなかった。

「私の腕はなまくらですがこの刀は良く切れますよ」

 嘘ばっかり、と少女は思った。今までに少女はこれほどの刀の使い手に会った事が無い。それは今の体の捌きにしても

今突き付けられている剣先の距離にしてもである。少女と剣先の間を隔てているのは紙一枚分の空間だけである。

 この事態を動かしたのは3人目の当事者が現れた事であった。ただそれが少女にとって好転だったか悪化だったかは分か

らなかったが。

 

 

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