忍ばざれども2

 

 


 

 「だあっ!!」

 幸村の突きが真之の眉間を寸分違わず捉える。幸村は本気である。本気でなければ鍛錬にはならないしまた同時に

相手の実力を知っているから万が一の間違いなどは起こらないことも分かっていた。もっとも鍛錬に使っているのは穂先より

少し下の部分に本物の槍と同じ重さにするために付けられた鉄の棒の突いた木製の槍だから間違って当たったとしても

かなり痛いだろうがよほどのことが無い限り万が一の事にはならないはずではあったが。

 だが真之はいくら木製のやりとは言えその一撃を甘受するほど出来た人間でもなかったし反応できないほどの腕前でも

無かった。

 一歩踏み出して槍の下に素早く潜り込み下から槍の柄の部分を木刀で素早く、そして非常に重みのある剣戟で跳ね上げた。

「ぐっ!!」

 幸村は手の痺れで物凄い衝撃を受けた槍を掴んでいる事が叶わずに使い慣れた鍛錬用の槍が幸村の背の丈よりも高く

飛ばされてしまった。

 幸村はまたすぐに槍を拾おうとしたが、

「必殺の一撃は言葉どおり必ず相手を仕留めなければいけぬ。それ故無闇に使うな。今は鍛錬だからその一撃を鍛えるのは

結構だが逆に鍛錬だからと言って手を抜いていては結局鍛える事は出来ぬ。ただ必殺の一撃に欠点があってはならぬ。

それ故私にかわされ槍を跳ね飛ばされた。まだまだ足りない部分は自分では分かってはおろうが、…ま、今の一撃はよかった。

あれを更に鍛え上げよ」

と言って真之が木刀を腰に納めたので幸村も槍を左手で拾ってから真之とお互いに礼をした。だが部屋に戻ろうとする真之とは

対照的に幸村は馬小屋へ向かう。

「どこへ行くのじゃ」

 真之の問いに幸村は、

「川原へ行って槍を振ってまいります」

と言ってまた一礼して馬小屋へ向かった。

「やれやれ」

 とても付いていけぬとは思ったが真之はそんな弟を誇りのように思っていた。

 

 

 女の眼下で一人の男が槍を振るっている。見たところ城の人物のようであるが着ているものを見る限りそうそう身分は

高そうではない。女は声をかけた。

「ねー、すみませーん」

 男は槍を一突きすると槍を地面に立てて声の方を振り返った。土手の上に一人の少女が立っている。

「何か?」

「お城へはここをどちらに行けばいいんですか?」

 少女が指を指す先には川沿いの道と山へ向かう道の二本に分かれている。

「ああ、それならそこを右へ行きなさい。少し上ればお城が見えてくる」

「分かりました、ありがとうございまーす」

 そう言って歩き出そうとした少女に今度は幸村が質問した。

「お城に何用ですか?」

「ええ、昌幸様にちょっと」

「まさゆき?父か兄に何か用か?」

 幸村の父も兄も読みは『まさゆき』で同じである。幸村の言葉に少女は慌てた。

(にゃにゃ!!まさゆきの子供、或いは弟と言うことはこの男は幸村!?わ、わ、どうしよ…)

 少女は慌てて取り繕った。

「あ、あの、お殿様の昌幸様に用と言ってもご本人ではなくて上田城のお城に用事と言うか、誰か偉い方に短刀を見て

頂きたくて…」

「短刀を?」

「え、ええ、なかなかの業物なのですけど、どなたかに買って頂けないものかと。街で売るよりも見る目のある方がいらっ

しゃるでしょうし…」

 少女は後ろの腰に差した短刀を出した。だが少女はそう言ってから後悔した。

(ああ、この場を取り繕うためとは言えこの間のお仕事で買ったこの短刀を売るのは勿体無いなぁ…)

「よければ私に見せてもらえないか。私は真田幸村。真田昌幸の息子だ」

(知ってるーつの、そんな事!!ああ、もう、とっととあたしをこの場から離れさせてよ…)

 そうは思っても幸村にそう言われて断る事も出来ない。少女は土手を降りて行った。

「これですー」

 幸村は短刀を少女から受け取って鞘から刀身を抜いた。少し傾けると幸村にまぶしい太陽の光が跳ね返る。また幸村はしっかりと

握って軽く振ってみたりした。そんなに軽くは無いが刃の鉄がしっかりと鍛えられているようだ。鞘や柄に装飾は施されていないが

刃は確かでおそらく無名ながらかなりの腕を持った鍛冶師が作ったのだろうと思う。もしかしたらこれからこの鍛冶師は有名に

なるかもしれない。また幸村はこの鍛冶師に自分の槍の穂先を打って貰いたいとも思った。だが幸村の獲物は槍で、少女が持ってきた

短刀は滅多に使うことが無い。これはやはり自分が買うより城の誰かが使ったほうがいいだろう。

「なるほど、確かに素晴らしいものだ。城へはあと四半時も歩けばたどり着く。気を付けて行かれよ」

 幸村から短刀を受け取ると少女は深々とお辞儀をして礼を言った。

「ありがとうございますー。それではまたー」

「うむ」

 少女の「それではまた」と言う言葉には言った本人にすら何の他意も無かったし、幸村自身も気に留めなかったがその言葉は後で

かなりの部分で的中する事となった。

 

 

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