工場長
私はラジオ番組をテープに録音することがあります。今まで録音したことのあるラジオ番組の中に、「明石家
さんまのG1グルーパー」という番組がありました。
今から4,5年前までやっていた番組で、この番組の初代アシスタントがさとう珠緒だったのですが、私が聞き
はじめた頃には次のアシスタントとして加藤貴子が出演していた頃でした。
私が浪人して予備校の寮に入っていた頃、テレビの持ち込みは当然だめで、娯楽といえばラジオや書籍が
唯一の娯楽と言ってもいいくらいでした(私はラジカセは持ち込んでいなかった)。勿論予備校の寮なのでその
ことに対して文句はないのですが、24時間勉強できるはずもないので、やはり休息を取ったり、息を抜いたりす
ることも当然あります。
ですので、今までほとんど聴いたりもしなかったラジオを良く聞くようになり、その時出合ったのが「ナインティ
ナインのオールナイトニッポン」とこの「明石家さんまのG1グルーパー」だったのです。
トーキョーFMで、月曜深夜の1時から3時までの番組で、始めての出会いが、寝る前に、部屋の電気を消して、ウ
ォークマン(正確にいえば、ウォークマンではなく、確かパナ○ニックだったか、ア○ワのチューナーつきポータブル
カセットですが)でラジオを何気なく聞いていた時でした。そこへ聞きなれた声が耳に飛び込んできたのです。
聞き間違えようのない関西弁。引き笑い。その番組では、「工場長」と呼ばれている明石家さんまの声でした。
その時やっていたコーナーは今でも覚えていて、確か、リスナーの女性と電話をつないでその女性の変わった
性の遍歴を聞いてやれナイスショットだか、ホールイン・ワンだかと、ゴルフにたとえて盛り上がっていたと記憶して
いますが、それがやけに面白くて、真っ暗闇の中で声を押し殺して笑っていたと思います。それが毎週のレギュ
ラーだとは思わなく、深夜に、聞き始めたのが2時頃で、終わる3時まで、非常に思いもかけなく楽しい時間を過ご
せたことに対する満足と、また3時には、これだけ面白いものが終わってしまったことへの残念さというものが
入り混じった、非常に複雑な気持ちになったことを覚えています。
ですが、若しかしたらと次の週ラジオを聞いていた所、同じ時間、「工場長」の声がまた聞こえてきたのです。
この番組がレギュラーであることを悟った私はもう毎週月曜の1時が一つの目安というか、一区切りになった感じ
でした。この時間になればまた「工場長」の声が聞こえる。それがものすごくワクワク、といった楽しみになったの
です。
初めて聞いたのが確か初夏の頃だったと思います。その女性リスナーと電話をつなぐコーナーはその後
間も無く終わってしまったと思いましたが、その他のコーナーは今でも覚えています。・・・というか、7月の下旬
から、テープに録音を始めたので覚えているというか、知っているというか。
ですが、娯楽が少ない時期のその楽しみに突然衝撃が走ります。忘れもしない・・・というか、矢張りテープに録音
してあるため覚えている、9月1日。番組の中で「工場長」から突然の番組終了宣言。いや、宣言というほど、厳かに
行われたわけではなく、あっさりと、「今月一杯で終わりやからー。」
当時番組に出演していたのは「工場長」と加藤貴子、そして松っちゃんこと松尾伴内。終了のことを知っていた
松っちゃんは笑って聞いていましたが、終わるかもよ、ぐらいしか聞いていなかった、たっつぁんこと加藤貴子は
そのあっさりとした衝撃発言の後に入った曲と、CMの間ずっと号泣。CM明けてからもまだ涙声のたっつぁん。
「工場長」と松っちゃんは必死に慰めますが、この日以降9月最後のオン・エアーまで、毎週、この涙と呆気ない
終了宣言のネタがリスナーから番組内の各コーナーに送られ、そしてまたそのトーク内で、そのことについて
いじり、たっつぁんの涙を誘うのでした。
それはそれで面白かったのですが、やはり、7月下旬から録音を始めてようやく軌道に乗ってきた(笑)という
のに、まさかこんなに早く終わってしまうとは、私自身もショックだったのは事実でした。
その番組が終わった理由というのが、トーキョーFMの深夜1時〜2時が帯の別番組の枠になるため(工場長
発表)というためで、その帯に別番組を持つというのが角川書店。その時ばかりは角川書店に逆ギレしたも
のです(笑)
その余波を受け、木曜深夜3時から4時半(トーキョーFM時間。他の局では6時までやっていた)にやっていた
「みんくのまんたんミュージック」というこれまた私が録音していた番組も終焉を迎えてしまったのです。
当時私が熱心に聞いていた番組のうち、「ナインティナインのオールナイトニッポン」以外の番組が全て終わって
しまい、かなり凹みましたが、まあ、「オールナイト」のほうも木曜深夜1時からだったので、大事な時期にこれ以上
のめり込んでもどうかというのはあったのは事実です。(結果論ですが・・・。おそらく今でもやっていれば聞き
つづけたでしょう。蛇足ですが、ある日「ナイナイのオールナイトニッポン」が終わって3時から放送された「底ぬけ
Airラインのオールナイトニッポン(当時2部)」が非常に面白くて大声を出して笑ったのを覚えています。毎週
週代わりでパーソナリティーが変わっていたので、その日一日だけの放送でしたが。)
ラジオの深夜放送というものの存在を知らなかった(勿論何かしらは放送されていただろうが、そんなに若者
向けに一流のパーソナリティーを使って面白い放送がされていたとは思わなかった)私にとっては、あの時間
帯の「工場長」やナイナイとの出会いはカルチャーショックに近いものがありました。深夜の番組といえばアニメ
関係の番組や(レジェンド・オブ・クリスタニアというラジメーション番組ももっと昔に録音していた。それについて
はまた後日・・・)演歌だったり教養放送しかないものだと思っていたのが、テレビのゴールデンタイムの後に
また一流の芸能人による競演があったことを知ったのは、浪人時代の大きな収穫でした。(もっと他に収穫しな
ければならないことがありそうなのはこの際知らないふりを貫き通しつつ)
今ではほとんど毎日ラジオはつけっぱなしです。ほとんどニッポン放送ですが・・・。一日起きている日などは
「朝から朝まで」ニッポン放送を聞き続けるということもあります。
また今、移動する時もウォークマン(これはちゃんとしたウォークマン)でラジオを聞きっぱなしです。自転車での
移動が多いのですが、その時、何も聞かないで移動するのは今ではもう勿体無くてしょうがないという感じです。
「〜ながら」はいけないといわれますが、それはケース・バイ・ケースで、時間を有効に使うことはそんなに
悪いことではないと思うのですが。
何にしても、あのときの「工場長」はテレビで見る「工場長」とは全然違った印象でした。印象というか、
「感じかた」が違う、とでも言うのでしょうか。それ以来テレビで見る「工場長」もこれまでのとは違った感じを受け
るようになるのでした。
・・・結構テレビで見ていると、ラジオで最初に喋ったり、聞いたりしたことをその後テレビで言ったりやったりして
いるのを見ると、ラジオのリスナーとしては心の中で「あ、ここでラジオでやってたことまたやってるよ」と変な
優越感に浸ったり浸らなかったり(笑)。
どなたか今は「工場長」がラジオ番組をやっているのかどうかご存知の方いらっしゃらないでしょうかね?
情報をお持ちの方是非こちらまでお送りいただければ非常に有難く存じます。
そういえばさとう珠緒のその後の活躍は周知のとおりですが、たっつぁんは、この間、「東京フレンドパーク」
で見て以来、なかなかお目にかかれません。確かTBS昼のドラマに出ているとのことですが、平日その時間帯の
テレビは一番私とって辛い(笑)時間帯ですので、ほとんどテレビは見ないので分からないのですが。
そんなこといわないで見りゃいいじゃんという感じですが、まあ・・・、たっつぁんが今よりもっと売れることを
祈りたいと思います。「工場」をリストラされたたっつぁん、頑張れ!と締めておきたいと思います。