月影は人を照らして

 

 


 新宿の高層ビル群の中の一つのあるビル。そこの最上階は中華料理の店である。だが『本当の』最上階、本来ある

はずの無い『34階』はVIPルームになっている、今はそこには二人の男だけが座っていた。

「プロレスラーは強いと思うか?」

 ジーンズにジャケットという姿の男が目の前の男に質問した。それに目の前の男は苦笑いで答えた。

「えらくファジーで唐突な質問だな。俺がそういう質問に答えるときはどのように答えるか分かってるだろ」

 答えた男は女物のパンツルックのスーツを着ている。細身ながら背丈は180をゆうに越えるその体躯に特注したものだ。

だが男が女物を着ていながら、その姿は違和感を感じさせない。その男が中性的な顔立ちをしていたせいもあるだろう。

だがその男は何を着させてもそこいらのモデルより似合いそうな感じはする。

「ああ、その答えを聞きたいんだ」

 ジャケットの男は左手にもっていたタバコの箱をゆすってタバコを取り出し、それを口に咥える。

「そうだな…。勿論何もしていない素人よりは強いだろう。もっとも純粋に戦うとしたらな。その聞き方だと将棋が強い

とかバスケットが強いととれない事も無いからな」

 今度はジャケットの男が苦笑いした。

「ああ、そこは言葉が不足していたな。お前の言うとおり純粋に戦うとしたらの話でいいよ」

「じゃあそうなるな。だがそれが格闘のプロとなると話しは別だ。『魅せる』為の体と『戦う』為の体は違うからね。だが一流の

プロレスラーともなれば別な場合もあるかな。いい素質をもった人もいるとは思うよ。だから、その質問に対して答えは相対的な

ものになってしまうよ。場合によっては強くも弱くもある。最もプロレスラーにかなう人の割合のことを考えると、単純に強いと

いってもいいんじゃないかな」

 ジャケットの男はその答えを聞いて愉快そうに笑った。

「やはりお前らしい答えだな。『絶対』とか『必ず』なんて言葉を使いたがらず、正確な答えの割には意味は広くとれる。また

自分は落ち度が無いように自分の責任を避けるような答え」

「心外だな。より正確を期しているといってくれ」

「分かった分かった。じゃ、渋谷って街はどうだ?」

 ジャケットの男は質問を変えてきた。

「あまり好きじゃないな。雑多な割には力が無い。汚い割には凄みが無い。新宿と違って根性無しも多い。喧嘩を売って

きてもすぐにプライドも自尊心も捨ててペコペコ誤る。怯える。尻尾を振る。それとあそこを歩いている人間にぴったりな

『バカップル』ってのは至言だと思うね」

 ジャケットの男はスーツの男の言葉に胸ポケットに手を入れた。スーツの男もこの男の場合は胸ポケットに手を入れても

身構えたりしない。

「そのバカップルなんだがな、今回はその高校生二人を護って欲しい」

「笑えない冗談も嫌いじゃない。笑えれば尚いいがね。だが、冗談だと揶揄することしか出来ない真実はあまり好きでは

ないんだが」

 スーツの男はその長躯を伸ばし、ジャケットの男が咥えていたタバコを右手で奪い取り、そしてそれで一服ふかした。

「ああ、本当の以来だ。この二人。カップルだ」

「ほう」

 差し出された写真にスーツの男は少し感嘆の声をあげた。『カップル』として紹介された写真の人間は、二人とも女性だった

からである。

「お前が少しでも驚くなんて珍しいな。だがそれだけ珍しいだろ?女子高生のサッフィズム(レズビアン)のカップルだ。どうだ、

勃ったか?」

 やや下品なジョークを口にする。だがスーツの男は冷静に答えた。

「いや、勃たないな。やはり私にとって女性とは一人だけだ」

 その言葉にジャケットの男は何かを思い出し、ばつが悪そうにスーツの男に言った。

「ああ…、すまなかった…」

「いいさ、そう言う冗談を言ってこそのお前だ。変に気を使わないでくれた方が嬉しい」

「…妹さん、もう二年か?」

「ああ、来月でな」

 あの日は温度にしたら今日と同じぐらいだったと思う。もう冬の領域に足を踏み入れていながら、季節には似つかわしくなく、

少し暖かさも感じる日だった。

 慢心は無かった。油断もしていない。出来うる限りのベストをとったはずだ。つまりは純粋に力不足だったのだ。

 人質は人質としての価値足りえるからこそ人質であって、それに価値が無くなれば自由に動ける。当然のことだ。だが詰まり

それは人質で無くなることと同義なのは…。

 仇をとったからといって気が晴れるでもなく、人の絶対の時の流れが逆流するはずもなく、人だったものは人としての資格を失い、

男の腕の中で最後の温もりさえも失っていった。

「名前は?」

「やるのか?」

「ああ、この年でサッフィズムだっていう事を隠していないんだろ?それが気に入った。…それにお前からの依頼を断った

ことがあるか?」

「ああ、俺は卑怯者だ。お前が断ることが無いことを知りつつ頼んだし、確認した」

「いいさ。お前がもってくる依頼だったら間違いは無いだろう。」

「まあ…な。名前は冨永京子。彼女であるショートカットの子が外池美鈴。期間は来月の30日まで。その日にA組とB組の

手打ちが行われるそうだ」

「手打ち?」

 スーツの男は怪訝な顔をした。

「ああ、実は冨永京子はA組の組長の末っ子だ。だがB組の手打ちに反対の強硬派が冨永京子をさらって手打ちをB組優位の

条件にしたいらしい。A組の他の子供は一人は海外でもう一人はもう組の重要ポストだ」

「成る程、それで彼女に白羽の矢が立ったと」

「そういうことだ。B組の会長は今実は病気で入院中だ。かなり深刻らしい。それでB組は一枚岩になれないわけだ。勿論組の

総意としては手打ちに賛成なんだが、一部がな」

「30日以降はいいのか?」

「ああ、取り敢えずはその日までの依頼だ」

「分かった。で、明日からでいいのか?」

「明後日からだ。そしてお前には住み込みで家庭教師になってもらう」

 スーツの男は流石に少し驚きをこめてジャケットの男に尋ねた。

「家庭教師?俺がか?」

 ジャケットの男は少し含み笑いをこめながら言った。

「ああ、それが先方のご希望だ。サッフィズムだけに男の教師でも問題は起こらないだろう。そう言っていた。それにお前なら

高校生の勉強ぐらい教えられるだろ?」

「まあ、それはそうだが…」

 ジャケットの男がボーイを呼んだ。そしてワインを頼む。

「お前の就職祝いだ。取り敢えずは一月半は定職持ちだぞ」

「ああ、こうなったら大いに祝ってもらおう。帰りは飲み比べで負けた方が運転だ」

 警察が聞いたら飲酒運転未遂の現行犯で逮捕しそうな会話だった。

 

 

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