風の城10
シエナは銀製の容器などに生まれて初めて大きい方を排泄したが、矢張り慣れていない為か、或いはその量が多かったせいか、
(恐らくはその両方だったのだが)便が容器の後ろ半分からこぼれてしまった。元々は排泄が終わったらその容器はラティーニとシュ
リックがいた部屋の置いておこうと思っていたのだが、全ての便が一度も千切れずに出てから立ち上がってその容器の様子を見て少
し思案にふけったが結局そのままにして、その部屋の反対側にある紙を取りにいってその場で拭いてからそのままシュリー達がいる
部屋に戻っていった。
扉を開けると、シュリー達はシエナの方を向いたが、シエナのことを思ってすぐ目線を元に戻した。
矢張り誰かが一度してしまうと次からは抵抗は少なくなるのか、シエナに次いでロティがすぐに、そしてその日の晩にシュリーがラティ
ーニ達がいた部屋でではあったが排泄を行った。ブレンダといえば、我慢しているというわけではなく、純粋に便意を催していないみ
たいだった。
アストルファがミスリア城都をでてから三週間と一日、だが今日もアストルファは城へ帰ってこなかった。そして其れは翌日も翌々日も
同じであった。別にそれだけならさして気に留めなかったであろう。相手があっての戦であるから、此方の思い通りになるものではない。
二十日ぐらいで帰ってくる予定だといっても、二十日ピッタリで帰ってこられるというものでもないだろう。
だがその考えは翌日にミスリア城都に急使が着いた事で一変を余儀なくされる。正しくはその更に翌日に新しい一軍が城を出立した
のが最大の要因であった。
ラティーニが何気なく外を見ていると二騎のアスリーナ騎士が城門を勢いも緩めず駆けて来るのが見えた。騎影が城内に消えてから
約一時間、急に城内の広場が慌しくなるのが、此方だけは静かな西棟からも分かった。それは明らかに出陣の準備をしている。其の
出陣自体は予定に無かった物らしく、準備には必要以上に怒号が飛び交っていたが、それでも普段から準備は出来ていたのか、そ
れともアストルファが見越して用意させていたのか、翌日には準備を整えた軍団が城から出て行った。
(おや?)
其の城を出て行く軍団の中の一騎にラティーニが目を留めた。
「あれは・・・。」
「どうしましたか?」
思わず呟いてしまった声にシュリーが尋ねる。
「あ、ああ、いや、『あの人』も出陣するんだなってね。」
「あの人?」
脈絡の無い指示代名詞はシュリーには分からない。
「ああ、ほら、見てみな、あそこ、広場の噴水があるだろ、今、そこの脇を通った真っ赤な鎧を着た騎士。」
「ええ、いらっしゃいますね。」
「あたしあの人と戦ったんだよ、一騎打ちでね。」
「そうなんですか?」
「ああ、バストリアが落ちた日にね、私が城の城壁の上で戦っていたんだけどさ、相手の兵に囲まれちゃって身動きが取れ
なくなっちゃってね、でもそれでも自分で言うのもなんだけど奮戦はしていたんだよ。アスリーナ騎士は正直バストリア騎士
よりは強いとは思ったけどね、それでもそう簡単にはやられない自信はあったんだ。でもね、その騎士の輪を割ってあの人
が現れた。其の時も今のように真っ赤な鎧を着ていたんだ。まあ、今よりは返り血で一寸だけ黒がかっていたかな。まあそれ
でね、騎士達に手を出させるのを止めてね、あたしと一騎打ちをしたいって言ってきたんだよ。」
シュリーは其の言葉を其の時の様子を頭で思い浮かべながら聞いていた。
「で、其の一騎打ちは受けたんですか?」
「ああ、受けたよ。どう見ても普通の騎士達よりも身分も実力も上そうだったからね、逆にこの相手に勝てば一気に戦意を喪失
するだろうと思ってさ。」
「で、結果は?」
シュリーは其の答えが早く聞きたかった。
「相手の体に剣をかすらせることも出来なかったよ。」
「そうなんですか・・・。」
「ああ、最初はあたしに攻めさせて其れを全て受けきったんだ。それも攻められたんじゃなくて攻めさせたんだって明らかに分か
るようにね。で、其の後反撃に転じた。物凄く早い剣戟でね、あたしは全然手が出せなかったんだよ。でも何よりあたしが思った
のはとても綺麗な太刀筋だってことだったな。変に魅せようとかしているんじゃないんだ。とても素直な太刀筋でね、でも簡単に受
けきられるようなものでもなくてね。華麗じゃなくて奇麗。そんなの人と切り結んで思うなんて初めてだったね。」
「はあ・・・。」
シュリーは剣など殆ど握ったことなど無い。ミスリアが落ちる前は一応護身用にと短刀は懐に何時も忍ばせておくようにと言われ
ていたが、それを使うことは結局一度も無かった。
「で、結局あたしの剣を弾き飛ばされてあたしの負け。いや私の負けはもっと前から決まってはいたし私も分かってはいたけどね。
私の喉元に剣を突きつけられて自害もかなわず。其の後あの人自ら私を縛り上げて、そして何処に連れて行くのかと思いきや城壁
の影に連れて行ったんだ。で、其の後が面白かったんだけどね、其処に私を座らせた後、自分も脇に座ってさ、私に剣の講釈を
始めたんだよ。」
ラティーニの顔は本当に面白い話をしているように笑みがいっぱいにこぼれていた。
「『あなたの剣は素直すぎる』とかね、『フェイントがフェイントになっていなくて、単なる無駄な動きになっている』とかさ、あとは『フェ
イントをかけるときに右足を少し動かしてからフェイントをかける癖がある』なんても言われたな。普通ありえるかい?今自分達が滅ぼ
そうとしている国の捕虜、しかも皇女なんだよ。それが剣の師かなんかのようにさ、一々講釈始めるんだよ。あたしもあまりにも圧倒的
に負けたからなんか素直に聞いちゃってさ、自分の国が滅ぼされかけてる時に。まあ可笑しな話だよ。」
其の話を聞いていたシュリーがまた窓の外に目を移すと、さっきの赤い鎧の騎士が窓のすぐ下を通りかけた。そしてシュリーが其の
容姿に目をやると少し驚いてラティーニに言った。
「あの人は女の方、なんですか?」
キリッとした表情はしているが、兜を外していて露になっている漆黒の長い髪、女性用の鎧、さっきまでは分からなかったが、近くに
来た今は其れがはっきり分かる。
「ああ、そうだよ、まだ言ってなかったね。あの人が十六聖将、十二将のロッビア将軍だよ。」
十六聖将とはアスリーナにおける騎士団の中の騎士の位であるが、この位になれるのは当然ながらほんの僅かな者だけであった。
そしてなるには剣技や兵法のみならず、高いモラリティー、騎士道精神、何時如何なる時でも揺るぎない平常心など、とにかく全ての
面に於いて高いレベルを要求される。少なくとも世襲や家柄ではなることが出来ない。
また十六聖将とは四聖と十二将をまとめた呼称である。四聖は宰相、軍師、騎士団長、残りの四聖、其の時十二将の中で一番目と
二番目に位の高い者が中心になって欠員が出たときに合議で決められる。また十二将は十二将自身が予め自分の後継者を決めて
おく。十二将になってから六十日以内に後継者を指名し、其のことを相手に伝えておく。十二将が十二将足り得なくなった時、其れは
命を落とした時、引退をした時、また敵国に捕えられた時にも、其の時点で十二将としての位は後継者に移る。敵国に捕えられた時な
どは勿論十二将足り得ただけの者としては大きい存在かもしれないが、十二将としての捕虜の価値はなくなるわけだ。また、自分で位
の返上をすることもある。後多いのは十二将だった者が四聖に選ばれた時に十二将の位は後継者に移る。
とにかくアスリーナが他国に誇る十六聖将は完全なる実力主義でしか選ばれない。
そんな中ラティーニが外をまた見ていると、シュリーよりはアスリーナのことを良く知っているラティーニがやや驚きの声をあげた。
「へーえ、四聖も一人出陣しようとしてるよ。あとは・・・ロッビア将軍を含めて十二将が見えるだけで二人か。・・・こりゃ一寸したちょっかい
を受けた所じゃないね。本格的な侵攻でも始めるんじゃないかってくらいだよ。・・・それとも相手が本格的な侵攻だったか・・・、だね。」
さっきまでよりはやや顔色が深刻になったのを察知したシュリーがラティーニのトーンに合わせて尋ねた。
「大きな戦いが始まるのでしょうか?」
ラティーニのトーンに合わせたというのもあるが実際シュリー自身も少し不安を感じていた。・・・だが何故?若しかしてアストルファ
の身を案じていた?
(・・・まさかね・・・。)
だがシュリーは其の考えを一蹴した。
戦いが始まるというときに何の感慨も無い人間など少ないだろう。戦いになれば将兵は傷つきまた命を落とす。其の現実を受け
入れるのが辛いだけだ。そりゃ二十日程度で帰ってくると言っていたのにそれがまだ帰らず、さらには新たな一軍が、それもラティ
ーニに言わせれば本格的な侵攻を始めるか受けたぐらいの軍隊が新たに出陣していく。何かあったと考えるのが普通であろう。
(私には関係が無いことだけど・・・。)
だが其れは特に今日の侵攻はシュリーにも、そしてラティーニにも関係は大有りだったのである。
コッコッ・・・ガチャ・・・
鍵がかかっているのだから、ノックが果たして必要なのかどうか難しい所ではあるが、アスティがいつもそうやっているから侍従も
そしてアストルファもノックをしてから鍵を開けている。今日はアストルファがいないから侍従かアスティかのどちらだろうとシュリー
は思ったが、鍵を開けて入ってきた人物は其の両方であった。
「ラティーニ様、それとブレンダ様とシュリー様、急で申し訳ありませんがこれから私について来て頂きます。用件は歩きながらお話
致しますので取り敢えずはこれを着て下さい。」
アスティは侍従に簡易なワンピースのドレスを用意させていた。部屋の外を歩くのであるからこれは必要であろう。
下着は無く、裸の上に一枚の服を纏っただけだが、それでも何も着ないよりはましだろう。何より今までずっと裸だったのが一枚だけ
でも服を着ると結構変な感覚になることを知る。
「シュリック様はしっかりと用意してある本をお読みになっていて下さい。それとシエナ様とロティ様もシュリック様から・・・そうですね、
シュリック様に渡した本の中で始めに渡したような本を教えて頂いて其れを読むようにしていて下さいませ。では急で申し訳ありま
せんが私についてきて下さいませ。」
そう言うとアスティは振り返ってから足早に歩き出す。だが扉の前に来てからまた振り返り残されたシュリック達に一礼してからまた
足早に歩き出した。
静かな廊下に足早な足音を響かせながらアスティが話し出す。
「まずこれから浴室にて身を清めていただきます。といっても今日は汚れをきちんと落として正装するくらいですが。そしてそのあとラテ
ィーニ様はフェルディナンド王に謁見して頂きます。」
「私が?何か用件が御座いますでしょうか?」
今までフェルディナンドに会った事はシュリー達と同じくバストリア滅亡の日に一回あるだけである。其の後一度も会った事は無い。
またラティーニからは当然ながら、フェルディナンドとしても滅ぼした国の皇女になどさした用件があるとは思えなかった。
「ええ、ロッビア将軍はご存知ですよね?」
「ええ、知っています。」
「其の位も?」
「確か今は十二将の准将だったと承知していますが。」
十二将にも一応順位はあり、ロッビアはその大将に次ぐ位、つまり第二位にあった。この順位は前任者から後継者にそのまま受け
継がれる。つまり第二位の十二将の後を継いだ者はそのままそのまま准将の位になるのである。
「ええ、其の通りです。今から一月半程前に今の位に就いたのですが、其の後継者にラティーニ様、貴方を指名して此度出陣なさ
いました。フェルディナンド王から改めてご指名が御座いますが今其のお答えだけでも教えて頂けませんか?」
「は、はあ?私がですか。アスリーナの十二将に?」
別に捕えられてからの日々に文句があるわけではないが、まさかあのような日々を過ごさせられていながらいきなり其のようなことを
言われるとは考えだにしなかった。
「ええ、そうです。ロッビア将軍直々のご指名です。まあ当然ですが。」
「他に適任者はいなかったのでしょうか?」
色々聞きたいことはあるのだが思わず其の言葉が口をついて出てきてしまった。
「十二将になってもおかしくないような人材でしたらいるかもしれませんが、ロッビア将軍が即答で選ばれたのはラティーニ様だけ
でした。」
「で、でもあた・・・いや、私は旧バストリアの皇女ですが・・・。」
「家柄も国の出も関係は御座いません。其の能力だけが重要なのです。勿論将としての能力だけではありませんが。アスリーナでは
他国の出身の者でも数多く高官に登用されています。例えば四聖にも一人他国出の者がいます。十二将においては今現在五人も
のアスリーナ出では無い者がアスリーナ、フェルディナンド王に忠誠を誓っています。貴方をご指名なされたロッビア将軍もフィエル
の出ですよ。そして家柄や出身がどうしたと言うよりも、あなたはロッビア将軍がご指名なさった人物なのです。」
「・・・。」
「私はロッビア将軍を信じていますし、将軍の決定を信じています。ですからラティーニ。」
そう言うとアスティはいきなりラティーニの方に振り返った。
「は、はい。」
そういえばアスティが敬称無しにラティーニ達を呼んだのはこれが始めてのことだった。
「私は貴女を信じます。其れはロッビア将軍が選んだ者としても私が知るラティーニという者としても。」
二人の視線が平行になったまま更にアスティが口を開いた。
「ロッビア将軍が選ばれた貴女はこれを断ることは無い。其処まで信じています。ロッビア将軍は其処まで分かっていたのだと思い
ます。王に指名された時少しは反対が出るかも知れません。ですが私は貴女を推します。いや、恐らくロッビア将軍の決定に賛成
する人の方が多いでしょう。反対にする者にしてもどうしても貴女が十二将の後継者になることを阻止しようとかしている訳ではありま
せん。他国出身だからというわけでもなく、ただ単に貴女が捕えられてからのことが分からないだけです。少し貴女のことを分かれば
心安んじてロッビア将軍の決定に敬服するでしょう。またフェルディナンド王も賛成のようです。後は貴女次第ですが、如何なされ
ますか?」
アスティには既に分かっていた。
「・・・分かりました。謹んでロッビア将軍のご指名を受けさせて頂きます。」
「有難う御座います。ではこれから身を清めますが其の間に王に指名された時の言葉でも考えていて下さい。この時には前例に
倣った言葉というものはありませんから。皆それぞれが考えて返答致します。ラティーニ様が何と言うか楽しみですね。」
そう言って目を細めたアスティがまた歩き出した。
(うは・・・其れは一番厄介だなぁ・・・。どうせならシュリックがいる時に言ってくれればシュリックに考えさせたのに・・・。)
アスティの後についてまた歩き出したラティーニは其の部分だけは自信が無かった。
これでラティーニが呼ばれた理由が分かった。だがこれだけではまだブレンダとシュリーが呼ばれた理由が分からない。その理由
を聞こうか聞くまいか思案しているとどうやら浴場らしい部屋の前についた。アスティが扉を開けると其処は確かに浴場ではあったの
だが、他にもなにやら見慣れない器具が幾つも机の上に置いてあったり、壁にかけられたりしている。ただ其の道具がどのような物
であるか分かるラティーニは何故このような部屋に?といぶかしげった。だがその理由はアスティが教えてくれた。
「ブレンダ様。」
「は、はい。」
今のメインはラティーニだと思っていたのが自分に話を振られたためブレンダは慌てて答える。
「申し訳ありませんが貴女を堕とすのはアストルファではなく私がやらせてもらうことになりました。」
「は?それはどういう・・・。」
「アストルファの事については後でお話致します。貴女とのお約束、特別アストルファが必ずやらなければならないということは
ありませんでしたから私がこれから貴女を堕とします。約束の『二週間』ですが今日で二日目、ということでよろしいですね。それ
と私の興をそぐことになりますが、手短に済まさせていただきます。服をお脱ぎ下さい。」
其処まで言われてはブレンダに拒否権は無い。ブレンダはその場に簡易なワンピースのドレスを脱いだ。
脱衣室の脇の浴場には寝台のような物は無く、浴場のタイルの上にアスティはブレンダを寝かせた。アスティも既に服を脱いで
おり、其の股間の一物はまだ何の愛撫も加えられていないにも関わらず怒張は上を向いている。そこへ侍従がなにやら小さな陶製
の瓶を持ってきた。
「私が知りうる中で最も強い自白剤です」
アスティが侍従から瓶を受け取りながら言った。
「自白剤!?」
タイルの上に寝ているブレンダが胸から上を起こしてアスティに慌てて聞く。
「ええ、最も自白していただく時に良く使うという意味であって、本来の使い方は別に御座います。これの名前は『ディケイデュート・アン
ジェロ』。今のところ、私が唯一抗う自信の無い媚薬です」
「媚薬…」
ブレンダは納得した。それならば確かに自分を『堕とす』のにピッタリだろう。そしてこのアスティをして抗いきる自信が無いと言い切ら
せるだけの効き目…。だがそれでも子供のためには自分ははっきりと抗ってみせなければならない。
ブレンダは意を決してタイルの床に体を横たえ、そして一度目を瞑り子供たちの顔を思い浮かべた。