風の城

 

 


 

 今日も七諸国の盟主達の喧々諤々が響き渡る。

 司会役のミスリア国の国王代理のなだめる声も会議が始まる前から既に沸点に達してしまっているマリク公国とアレイダ皇国の

両君主の耳には届いているのかどうか怪しかった。

「だから言っておろう!!アスリーナ国は今までの条件を少し緩めてきたのだ。このまま抵抗し続けた所であのアスリーナを倒せる

わけも無かろう。ならば相手が降伏後の条件を毎年金1750バリル(1バリル≒0.5キログラム)の条項を1250まで下げてきたのだ。

これは今までの中では最大の譲歩と言ってもいいだろう。負けることは無くともさりとて勝ち目も無い戦いを続けたところで何になる。

無駄に民草を疲弊ならしめるだけだ。ならば今この時に和平を進め、民草を守るのも我らの使命ではないのか。」

 マリク公国の公主は45歳。頭の頂点から髪が薄くなり始め、やや脂肪が多めで、今日の服も腹が自由にさせるようにする主張を

辛うじて押さえ込んでいた。

 そのマリク公国の公主の言葉を憤怒を辛うじて抑えて聞いていたアレイダ皇国の王は不愉快を殊更強調するつもりは無いが、その

表情が既にマリク公主の言葉に対して反発を示していた。そのアレイダ王は組んでいた両腕を最後の自制心で机に叩き付ける事を

思い留まった。が、行き場の当てが見当たらない両腕にこめられた力は両の拳で腕を強く握り締めることで何とか外に爆発せずに

抑えているような状態だった。

 「賢しげな事を言う!!民衆のことを思えばこそアスリーナなどに屈するべきではないのだ!!それに金満国のお主の国ならばよいわ。

だが我らが国にとっては1750が1250になったところで向こう数年で国の財政がどうすることも出来なくなってしまうのは必定。その時点で

アスリーナに屈したことを悔やんでももう取り返しはつかぬ。ましてやわが国には民草から城内から始めから降伏を考える臆病者は

一人もおらぬわ!!」

 最後の自制心ですら抑えきられなかったアレイダ皇王の激情は片腕だけで机に叩きつけることで表された。そしてその感情はアレイダ皇

王のグラスの水を机から床へ撒き散らさせた。のみならず隣のフィエル国の王女のグラスの水までも彼女の太股へかけてしまうこととも

なったのである。

「こっ・・・これは失礼をした・・・。」

 アレイダ皇国はよく言えば清貧。精錬潔白、人の道というものを第一とし、無駄や必要以上の華美を嫌う国である。だが悪く言えば

経済的に遣り繰りは苦手で武官が重んじられる一方、文官や民草においても商売人や文化人などはあまり重要視されなかった。

だが少なくとも男が女に対して非礼を働くことに対しては物凄く非難される。女性の自主性は大切にする一方、最後に女を守るのは

男であるという思いが強く、女性に対しては最高の礼儀と自覚をもって接するのが国是と言ってもよかった。

 そういった国を統べる者としてこの失態は許されるものではない。ましてや己の感情に任せた行動でこの結果である。例えどれだけ

感情が高ぶっていてもこの結果は激しく猛省を迫られた。

 アレイダ王は軽装の鎧の胸元から木綿のハンカチを取り出し、慌てて王女のグラスを元に戻し、彼女の太股を拭こうとする。

「あ、大丈夫ですわ、そこは自分で致します・・・。」

 七諸侯の中で唯一の女性であるフィエル王女はアレイダ王の行為を丁寧に断る。そこでアレイダ王は己のしようとした行為に

気付いた。

「こっ!!・・・これはさらに失礼を・・・。」

 間もなく一年で一番暑い季節を迎えようとしている。王女は薄い白絹のローブをまとっており、太股から彼女の足の付け根の方まで

飛び散った水はローブの内側の彼女の外見からすればやや意外とも思える紫色の下着を微かにアレイダ王に見せ付けていた。

 30を迎えるというのに形が決して崩れない豊か過ぎると思えるほどの胸を大きく開いたローブから主張している胸元から自分のハン

カチを取り出し太股から足の付け根にかけて拭う。それでも悪戯な水はローブの下から下着を主張させるため王女はそのハンカチを太

股の上に置いたままにしておいた。

 今このミスリア国の王宮の貴賓室にいる人物は14人。七諸国の盟主七人とそれぞれに従うものが一人ずつ。あるものは副官を連れ、

あるものは会議の内容を克明に記録させようとし、またあるものは護身を第一に考えた人選をしていた。

 七諸国とはアスリーナを囲むように位置する七つの国のことであるが、アスリーナを含めた八国の中ではアスリーナが一番国力に

おいても戦力においても領土においても兎に角圧倒的な力を持っていた。その力とは他の七ヶ国に取り囲まれるような地図だけ見れば

圧倒的に不利な位置に存在しながら尚他の全ての国を圧倒するだけの力を持っていると言うことである。

 一番国や勢力が乱立していた時期は大陸に十一の国があった。アスリーナは其の時はそれでも強国の一つではあったが今のように

一国で他の国全てを圧倒できるだけの国ではなかった。他国に対する征服欲はほとんど見せず他国がお互いに小競り合いを続けている

時もじっと国の門戸を硬く閉ざし火の粉が飛んでこぬよう苦心を払っていた。それゆえ他国からは侵略国としての脅威はあまり囁かれて

いなかった。勿論知恵のあるものは逆に国力をずっと高めているのは注意が必要である、ということを言う者はいたし、この戦いという

本能とも宿命ともいえるものが続くこの世において自国以外の国に対して(時には自国の中にでさえ)気を払わないと言うことは無かったが

それでも今の現状を見るに警戒感が十分ではなかったと言われても仕方が無い。

 ただアスリーナの侵攻も見事といえば見事ではあった。アスリーナ以外では諸国の中でも一、二を争う強国、バストリアをたった二十日

足らずで侵略してしまったのである。その手法と言えば予めバストリアの中に間者を多数忍び込ませ、中にはバストリアに高官として召抱え

られていた者すらいたが、そのものたちの内応と撹乱によって内と外から攻め立て都を侵攻開始から十日で落としてしまったのである。

あとは地方を同じ手法で落とした。都ですらこれだけ簡単に落ちてしまっているのであるから、地方は言わずもがなである。都の危機という

ことで出払った地方をいとも簡単に落とすということも予め計画されていたことであった。

 そしてアスリーナ、バストリア侵攻の報がもたらされた次の報告は都陥落、その次はバストリア滅亡という報告が諸国に伝えられただけで

あった。諸国はその報告に色めきたった。アスリーナがバストリアに勝てるだけの国力があるということは十分考えられていたが、それでも

お互いに傷つきあい、勝った方も多大な損害を出すだろう。つまりその後は諸国の中で一、二を争う二つの国が一つになったとしても領土

の広さが広がるだけであって、国力がそのまま一+一はニになるとは考えられていなかったのだ。互いに疲弊すればそれはまた野心を持

った国の標的になるというのが考えの多数だったので、まさかアスリーナもそのような愚を冒すことはあるまいと考えられていたのだ。どち

らかといえばアスリーナとバストリアに挟まれる格好にあったエミルア王国がバストリアからたびたび侵攻を受け、エミルアはそう大して強い

国とは言い難かったのでそちらが先にバストリアの支配下に落ち、その結果バストリアが大した被害も無く国を広げることによって諸国の中

でイニシアティブを取っていくのではないかと言う方が予想としては大方を占めていた。

 バストリアとしても、アスリーナと国境を接してはいたがアスリーナが侵攻したりしてくるといった表情は全く見受けられなかったので、兵力

の粗方は対エミルアに投入していた。だがバストリアという大国を相手にして小国であるエミルアは苦しい戦いを余儀なくされていたため、今

の所侵攻などの気配を見せないアスリーナに対して再三同盟の申し入れをしていた。バストリアと国境を接するアスリーナと同盟すれば当然

バストリアとしてはそううかうかとしていられなくなる。其の為エミルアとしてはできる限りの条件でアスリーナと同盟を結ぼうとしていた。

 だがアスリーナの答えははっきりと断るわけではないのだがのらりくらりと的を得ているのだか得ていない答えで、即申し入れを受諾するこ

とは無かった。

 そしてエミルアがバストリアの小さな侵攻に耐えて久しく、とうとう本腰を入れたバストリアの侵攻が始まるという情報が入ると、又もやアスリ

ーナに同盟の申し入れをした。そしてこの時は今までと違い、はっきりとした答えを得ることが出来たのである。

 アスリーナ王はエミルアの使者に王自身と、軍師のアスリーナ王の妹、そして宰相のアスリーナの姉と使者の四人だけで話をしたいと申し

入れたのだ。使者としては今までとは違った感触に決して淡くない希望を抱き、その申し入れを喜んで受け入れたが何故かそのようなことを

王が言っても反対したり懸念の声をあげる家臣はいなかったのには少々訝った。確かに王自身はもとより、姉の宰相も妹の軍師もそこらの

男よりは腕は立つ。だが勿論使者の側にそういう気は全く無いにしても、王の身の危険というものは考えないものだろうか?

 宰相に促されて先に入った王と軍師の後に続いて隣の部屋に入り、そのあと宰相が部屋の扉を閉めた。

 部屋は隣の謁見室とは異なり、過度な装飾は無く、王専用と思われる椅子が長机の短い辺に一つあるだけで、その正面にある椅子一つと、

長い辺にある三つずつの椅子は全て同じ物であった。

 先に部屋に入っていた軍師に椅子を引かれ、それに促されて使者は椅子に座った。使者は先ほど抱いた希望とは違う何とも表現すること

は出来ない「嫌な」感触を第六感、いやそれより深い所で感じていた。王たち三人の顔は決して難しいものではなかった。勿論王としての威厳

は供えている。

 だがどちらかといえば、何かに対して懺悔をしているようなそんな表情だと使者は思った。

 兎に角今のこの何とも形容し難い感触を早く払い去りたかったので、使者の方から口を開いた。

「わが国としては出来る限りの譲歩はいたします。わが国とアスリーナが組めばバストリアはおろか、他の諸国すら容易に手を出すことは出来

ません。バストリアに対してはわが国がアスリーナの壁となりえましょう。・・・正直な所、今はわが国が危機を迎えておりますが今を共に乗り切る

ことが出来ればこれより先は互いが互いを助け合い、長く共存していかれると思います。」

 そこで使者は一つ息を入れた。

「・・・・・・」

 王の顔をみると王は口をさらに固く結び、瞼を閉じて考え込んだような表情をした。

「・・・この同盟が対等な同盟ではなく、わが国が助けて頂きたいという思いが強いのはお分かりの事だと思います・・・。・・・ですが今のこの

危機を乗り切ることが出来たならばわが国も内政の充実を図り、アスリーナにとって同盟が損の無きようにいたします。わが王からもその確約

は頂いてまいりました。今の状況を考えれば疑わしきことかもしれませぬが、これは私の命を以ってお約束致します。」

 今までの交渉は双方の利益を強調してきたが、それだけではよい返事が得られず、今回の使者、エミルア王の異母弟である七番目の弟は

自国の恥を包み隠さず話すことで何とか今の危機から脱したいと思っていた。

 そこまで聞いた所でアスリーナ王がゆっくり、死んだ人間に新しい命が吹き込まれて目覚めた人間のように瞼を開けた。

「・・・ご使者どの、その方にご家族はおありか?」

 自分の嘆願に対する返答としては理解に苦しんだため、やや時間を置いてから純粋に質問の言葉通りに答える。

「は、わが兄エミルア王はじめ兄が六人、姉が七人、弟が二人、妹が二人・・・。」

「いや、奥方様とお子はおありだろうか?」

 アスリーナ王が求めていた答えとは違うため、相手の言葉の途中で質問をより正確なものに変える。

「は、そういうことでございましたら、妻と娘が三人おります。」

「皆様のお年をお伺いしても宜しいか?」

「は、私が三十九でございまして、妻は三十三、娘が上から十四、十二、十一になりまする。」

「奥方様は国を治める者としての才覚はおありだとお思いになりまするかの?」

 今までの質問とはやや毛色が違うため少し考え、だがせっかく交渉は今までとは違った感触を得ていたためまた冷静になって考え王の質問

に答える。

「今の身分を考えると突拍子も無いことかもしれませぬが、正直な話、私などより、いや国の中でもその才覚は高いと思いまする。貴族の出ながら

その身分におぼれることなく、おごることなく、また学舎も能力の高い平民と同じくしておりました。ですがその中でも才覚も成績も群を抜いて

おりました。それは学問としてだけではなく、その応用や実践にも優れ、決して知識のみに終わることもございません。我が王が才覚が無いとは

いいませぬが、今の王とはまた違った統治者としての才覚があるように思います。不遜な言葉になってはいけませぬが。どちらが優れていると

いうものではなく、また別の、異質の才覚があるように思いまする。・・・馬鹿な夫の贔屓目かもしれませぬが今の王を除けば我妻は今の国一番の

統治者の才覚があるように思われまする。」

 この大陸には各国のどの国の出身であろうと関係なく才能があれば入校できる学校がたくさんある。学問を教える学校、武芸を教える学校、

戦術、戦略を教える学校。またその中でも例えば歴史に特化したり、宗教学に特化したりといった専門的な学校もある。エミルア王第七王弟の

妻は総合的な学問を教える大陸でも一、二を争う名門の学校で学び、そこで優秀な成績を修めていた。

 エミルア第七王弟は自分の王に失礼が無いように言葉を一つ一つ選びながらも、自国の恥まで話してしまった今、自分が思う通りのことを

答える。それに対してアスリーナ王は静かに答えた。

「・・・そうですか、ご使者の言葉に嘘が無ければこんな幸いなことは無い・・・。」

 その答えに同盟の承諾を得られたものだと思った使者は、

「まことでございますか!?」

と、椅子から立ち上がって喜色を顔満面に浮かべる。

 だがアスリーナ王は深く頭をたれ、その状態のまま使者の言葉に答えた。

「うむ・・・これから先、私が頭を下げるのはこれが最後じゃ・・・。・・・許してくだされっ・・・!!」

 そう急に語気を荒げたかと思うと部屋に入るときは腰にも下げていなかった剣を右手に持ち、素早く机の上に飛び乗り、機敏な動作で使者

との距離を急に詰める。軍師と宰相は剣を携えていたので、おそらく机の下あたりから剣を受け取っていたのだろう。

 今までで最高の答えをもらえたと思い喜びの表情を浮かべた顔は女神の気紛れの時間より短い時を経ただけで恐怖や絶望の顔ではなく、

驚愕の表情へと変わった。

「なっ、何をいた・・・!!」

 何をするのか理解することはアスリーナ王の剣戟によって永遠にその機会を奪われた。剣戟一閃。顎のすぐ下を凶器の線が引かれたと思

うと、使者の首から上は使者自身の身長ほども上に飛び上がり、また体が崩れて机に持たれ掛ける前に地面の引力の誘惑に勝てず床に

落ちてきた。

「・・・エミルアの使者は懐に忍び込ませた毒の短剣により我が命を奪おうと机に飛び乗り切りかかってきた。だが軍師の身の危険を顧みない

機転により使者と私の間に己の体を入れ紙一枚の所で毒剣を交わし使者を一刀の元に切り捨てた・・・。」

「はっ。」

 アスリーナ王から剣を受け取り自分の鞘に戻した軍師が王の言葉に立ったまま答える。

「だがエミルア国は今危急存亡のときにある。おそらくバストリアがエミルアの使者を語った策略である公算がある。それ故今しばらくばかり

様子を見てみる事にする。年はじめの使者が間もなく来よう。その時問い質す事とする。」

「御意。」

 今度は宰相が答えた。

 年はじめの使者とはこの大陸の国は全て行っている、年頭の各国による使者のやり取りのことである。この使者のやり取りはたとえどのよう

な間柄の国であろうと、今まで絶えることなく行われてきたこの大陸独特の風習である。この使者は例えバストリアとエミルアのように戦いが

行われている国同士であろうと、お互いに出さなければならない。またこの使者に非礼があったり、ましてや身の危険が及ぶようなことがあっ

てもならない。この年頭の挨拶の使者だけは余程のことが無い限り斬らないことが礼儀とされている。過去この礼儀を破った国に対しては他の

国からさまざまな非難を受け、大抵の場合は他国同盟による侵攻を受けることになるのが殆どであった。

 使者の役目としては新年の挨拶など極めて儀礼的なものだが、アスリーナもエミルアもバストリアも今まで破ったことの無い習慣である。

 新しい年を迎えるまであと三日。その時エミルア、バストリアを含むほかの十国の使者が訪れるはずである。その時にこれからのアスリーナ

の方向性を決めることとなるはずである。だがアスリーナ王はおろか、軍師、宰相以下、家臣全てがこれから先に起こることを予想しているよ

うに思われた。それは既に決定事項であるかのように・・・。

 

 

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