forced1

 

「ねぇねぇ、最近髪切ってからアテナちゃんかわいくなったと思わない?」

 どちらかというと低めの声。そしてうだるような暑さ。一戦交えたあとだからというのもあるが、それにしても

今日は蒸す。終わった後の余韻もいつもより堪能した気がしない。

「うんうん、断然私は今の方が好き。」

 明らかに別人の声。

「そりゃ以前からかわいいとは思っていたわよ。一般論としては。みんなかわいいって言うだろうなって言うのは

当然分かりきっていたけれどね。でもなんていうのかな、髪を切ってからは明らかなあたし好み?」

 語尾を上げて自分の意見に同意を求めるしゃべり口調。

「私も急に気になる存在になっちゃったわ。髪を切っただけなんだけどね。」

「ケンスウとはどうなのよ?」

「倦怠期とも違うけど・・・、ラブラブって感じもしないわね。一寸疎遠。」

「ふーん、・・・。そうかぁ・・・。ね、したくない?」

 バイスからの提案。というよりは誘いといったほうが的確か。腰のペニスバンドは衰えというものを知らず今でも

天に向かって隆起している。そしてそれはまだマチュアの淫液で濡れててかてかと光を放っている。

「そりゃあしたいわよ。」

 隣で横になっているバイスを向いて言う。

「じゃしましょうよ。」

「しましょうってそんな簡単にしましょうって言ってやれるような相手ではないでしょ。最近男日照りの神楽さんや

マリーならともかく、貞操観念が強そうなアテナちゃんよ?」

「ケンスウとはそんなにうまく言ってないっていったじゃない。」

「いったけど別に嫌いになったわけじゃないんだから。あのアテナちゃんよ?そんな簡単にやれるわけ・・・んっ

・・・んん・・・。」

 マチュアの答えはバイスの口づけによって「たぶんノー」から「イエス」に変えさせられてしまった。

「あ・・・ふっ・・・ん・・・。」

 マチュアから漏れる声は既にアテナのことよりも今の相手のことしか考えられなくなっていることを雄弁に物語

っていた。

(させてって頼むわけじゃないもん・・・。)

 マチュアとは打って変わって唇だけでマチュアを犯していながらもバイスはきわめて冷静であった。

 

 

 

トゥルルル・・・・トゥルルル・・・・ッ・・・

「タダイマデンワニデルコトガデキマセン。ピーッ、ットイウオトノアトニオナマエトゴヨウケンヲ10ビョウイナイデオ

ノコシクダサイ。・・・”ピーッ”」

「・・・えーと、もしもし?アテナちゃん?んーとね、バイスだけど、これ聞いたら折り返し電話頂戴。それか18時まで

だったら駅前の喫茶店『virtue』にいるからもしこれからそっちに直接来てもらえたらそっちの方が嬉しいけど。

待って・・・。」

ブッ・・・。プーップーップーップーッ・・・。

「・・・っとに、15秒って短すぎ。」

 だが伝えたい用件だけは話せたのか、更にかけ直す事はしなかった。

「さてと、あとはマチュアに・・・。」

 だがそこで小声は聞こえなくなってしまう。雑音や騒音が邪魔をしたためではない。口そのものが動かなくなっ

た。

 其の静止はほんの数秒だけ続き、

「・・・教えない方が面白いかなぁ・・・。」

 天使と堕天使との違いといえば善と悪という簡単な分け方は出来ない。天使から「堕」とされたものが堕天使で

あるが、それをもって悪魔の如くの扱いはしにくい。「堕」とされた側面を持つ天使という意味では今のバイスを

形容するのにぴったりな表現であったかもしれない。

ピッピッピッピッ・・・トゥルルル・・・ッ

「何?」

 機嫌がよさそうではないが、取り立てて悪いというほどのものでもないマチュアの声。

 バイスの携帯からかけて、マチュアの携帯にバイスの番号であることが表示されたからこその返事である。

「あのね、今日一寸だけ帰り遅くなると思う。ゴハンてきとーにやってて。」

「了解。何かあるの?」

「うん、一寸用事が出来た。」

「そ。じゃ帰り遅かったらご飯食べてるから。」

「うん、お願い。それじゃまた・・・。」

(さてと・・・。)

 駅まではここからなら普通に歩けば15分はかかるであろう。だがバイスはこの辺の土地感は強く、裏道近道を

使えば5分は短縮することが出来る。

ピッピッピッピッ・・・トゥルルル・・・トゥルルル・・・トゥルル・・・ッ

「ああ、私だよ、ルガール出して頂戴。」

 出た相手はルガールの執事かメイドだったのだろうか、相手に応答させる暇も与えず伝えたい用件を述べ、相

手は「少々お待ちを・・・」とだけ言って受話器を静かに置いてその場を離れたようである。

 その間バイスはずっと歩きつづけ、大通りからひとつ脇の裏道に入った。それからおよそ30の歩みを数えて

から。

「何だ?」

 低い声を更に抑えた感じの声が極めて短く用件を尋ねる。

「ああ、あんたいろいろ変な薬物持ってたよね?それを今から誰かに届けてほしいんだけど。」

 一時期からすれば考えられないような口調ではある。

「・・・誰に口を利いているつもりだ?」

「あん?」

「誰に向かって口を利いておる。」

「あんただよあんた。聞こえてるだろ?」

「貴様・・・。」

「何言ってんだい。この間あたしに負けたばったりじゃん。」

「クッ・・・。」

「四の五の言わずにとにかく急いでくれないかな?そんなに時間に余裕があるわけでもないんでね。」

「あれはレシオが・・・。」

「あたしが2であんたが1。だけどあたしの体力は半分近く減らされていた。それでどっこいどっこいじゃん。それを

言うなら前の戦いなんであんたが3であたしが1固定だったんだからね。それでも勝ち数で言えばあんたはあたし

の2倍弱しか多くないんだからね。レシオのこと考えれば3倍あって当然なはずでしょ?それが2倍にも満たないな

んて、一寸ひどすぎはしない?」

「ッ・・・。」

 今度の声は先ほどに比べればほとんど聞こえなかったが更に声は低く、力は更にこもった感じがした。

「前作じゃレシオ3は眼帯のおっちゃんかサドの山崎が多かったじゃない。ボスキャラにしてもシャドルーとか言う組

織のボスの方が使われる回数は多かったんじゃないの?当然ギースよりも回数は少ないだろうし。」

「・・・用件をいえ・・・。」

「始めっからそういいなよ。用意して欲しいのは・・・。」

 いくつかの薬品名と用意してほしい薬の効能を言うと薄暗い通りから開けた広い通りに出た。

 駅までもう少し。すでに喫茶『virtue』も視界に入ってきた。

 3分も歩かずにバイスは目指す喫茶店の前についていた。

(ふふ、『virtue』・・・。)

 店の前にある看板をそっとなぞる。親から与えられた自分の名前、一度たりとも嫌だと思ったことは無かった。

そしてこの喫茶店の名前。まるで自分のために付けられたかの如くの名前。

 バイスはvirtueは今日はいらないかな・・・と心の中で楽しげに笑っていた。

 

 

 この店で飲むものは決まっていない。其の日其の時の気分でメニューは当然変わってくる。それらしくかっこう

つけて一つの店では同じメニューしか頼まないなどということは無い。

 ただ最近の好みとか傾向とはあるもので、ここの店には昼間でも数種類カクテルを置いているのだがそれらが

最近のお気に入りであった。

 だが今は喉が渇いているのと一寸急いできたので疲れていたため甘くてスカッとするのが飲みたかったためウ

ェイトレスに

「生レスカ。」

と注文したあと、

(レスカって今時の子は言わないかなぁ・・・。)

などと少々自己嫌悪に陥っていた。

「失礼します。」

 ウェイトレスがコースターの上に逆円錐形のグラスを置き、ストローを直接手渡しで受け取ったあと、ストローの

包装の先端を唇の端で咥え其の先をちぎり取る。ストローを口だけで咥え包装をすべて剥し、ストローの端を持っ

ていた手を反対側の端に持ち替えそのまま片手だけでグラスにストローを刺す。

 左手でグラスを胸の高さまで持ち上げ、右手でストローを掴み一口で半分近くを喉を通らせて奥に流し込む。

 アルコールではなくても其の一口は至福であったが、残りの量を考えると一寸のどの渇きからいえば量は足りて

いるようには思えない。

 自動販売機で買えば120円で済むところを500円も出しているのだからもう少し味わえばよかったかなと後悔めい

たものをした後、残りは大事に飲もうと、今度は口をつけても残量が減っているのかどうか分からないぐらいの量

だけ口に含んだ。

 

 

 バイスはポケットからカミュを取り出し、付箋が挟んであるページを開いた。ほんの少し記憶をひっくり返し、この

場面にたどり着くまでの経緯を思い出す。

 今読んでいる場面に其の記憶がつながり、未踏のページを読み始めた。

 

 

 時間にしても読んだページにしてもかなりのものが過ぎた。

 既に本に没頭していたバイスはウェイトレスの、

「いらっしゃいませ。」

という声にも気付こうはずが無かった。

 其の声の対象となった人物は入り口のところで店内を見渡そうと右を向く。

だが捜し求める人物は其の時点で視界に入ってきた。白と真紅のコントラスト。何者も寄せ付けがたい雰囲気。

 人物は其の雰囲気を発している人の前までなぜかできるだけ音を立てないように近づき声をかけた。

「あの・・・、バイス様ですよね?」

 本に没頭していたとはいえ自分の名前を近距離で呼ばれて気が付かないほどの無神経ではない。まず視線だ

け上に向け、そのあと上半身ごと其の人物に向き合う。

 だが、其の相手の人物の顔と身なりを見てほんの一寸思考の世界へ旅立つ。だがバイスの記憶が其の旅行か

ら理解の現実へ引き戻した。

「ああ、あんたルガールのところの・・・。」

「はい、ルガール様からの預かり物をお届けに参りました。」

「普段フリフリのエプロン姿しか見た事無かったから分からなかったよ。」

「はい、さすがに外に出るので今日はこういう格好で・・・。」

 ルガールのメイドは深い色のブルーのスーツを着ていた。髪もストレートに下ろしやや大きめのカバンを肩から

下げていた。

 

 

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